さんぽ旅

ご縁に感謝し、導きを乞う。島根・出雲へ弾丸一人旅に行ってきました!(前編)

みなさんこんにちは、たまゆりです。

このところ1ヶ月おきくらいに更新している中山道歩きも、まだまだ旅の途上ではありますが。

「自分の価値を証明するための旅」からの、脱却。【中山道歩き7日目・福島宿】前回の記事「中山道歩き6日目」のつづきです。 2021年4月7日 中山道歩き7日目(歩くのはお休み) 福島宿を散策 ...

 

この間、弾丸で出雲に旅をしてまいりました。
とても良い旅でしたので、歩き旅ではないのですが、この場をお借りして、レポをお届けしたいと思います!

出雲へ行こうと思ったわけ

出雲。島根県。山陰地方。
前からなんとなくずっと気になっていて、遠くない未来、行きたいなぁと思っていた場所でした。

それは、この頃少しずつ歴史や古人の想いを知って旅がしたいなぁと思う中で、やっぱり出雲って、日本の神道、古事記、日本書紀、日本や自分の精神性の根っこの部分的な、とても重要な場所だよなぁと感じていたからということもあったかも。

あと、大好きなマンガの主人公の出身地が出雲だったりとか、そのアニメが数十年越しに再アニメ化したりとかいう嬉しいタイミングだったこと、

さらにもっと俗な(笑)理由を言えば、家からアクセスがいい小牧空港から、フジドリームエアラインという格安航空会社が就航していて、比較的気軽に手軽に行ける旅先だから、というのもあったかもしれない。

 

山陰という土地の神秘。

山陰っていうのは、なにかものすごく、独特の雰囲気を持った土地だよなぁと思います。

ちょっと薄暗くて、神秘的で、得体が知れなくて、底知れないなにかがある。
静かだけれど、強い力を持っている場所。

私のような根っからの東海地方の民からすると、山陰はもはや「異国」というくらいに遠く感じる場所だからかなぁ。
九州とか北海道とか、沖縄とかは、なまじ突き抜けて遠いばっかりに、逆になじみがある気がするんです。交通の便もいいし、わかりやすくてメジャーな旅行先だから。

でも山陰って、なんかそういう感じじゃない。
神秘的で近寄り難い、ものすごくディープなものを持ってる気がします。

とにかく、そんなことで、ずーっと、ぼんやりと、憧れていた土地でした。

 

旅立ちのきっかけ。

そんな憧れはありつつも、いまいち「行こう!」という明確なきっかけがなかった場所。
でも最近なぜか、普通に暮らす中で「出雲」という地名がやたら目に入ってくるようになりました。

それはさっき書いた大好きな漫画の再アニメ化のこともあったし、なんか、調べ物をしていてふと「この人会ってみたいな」と思うのが出雲の人だったり。

そんな最中、いつもメンターとしてお世話になっている師匠と食事していたら、ひとこともそんなこと言ってないのに、ふと脈絡なく「出雲行って来れば?」と言われ。

その瞬間「あ、出雲行こう。」とすんなりと思ったのでした。

 

ご縁に感謝し、ご縁を祈る。

出雲に座す、出雲大社の神様・大国主命(オオクニヌシノミコト)は、縁結びの神様として有名です。

「縁結び」といえば、恋愛やパートナーのことを思い浮かべます。

ですが「ご縁」というのは、それだけではなく、もっと広い意味で、自分の身の回りのお世話になっている人たち、そしてこれから出会い、一緒になにかを作っていけるであろう人たちとのすべてのつながり、ということでもあると、思いました。


私は、これまでの十数年間、旅に明け暮れながら「自分とは何か、自分の形ってなんなのか」と考え、ひたすら自分自身に向き合い悩み続けていました。

でも、このところ、そのテーマから離れて「今の自分の形で、人の役に立てることはなんだろう」と考え始めている自分に気がつきました。

また、自分の身の回りの環境も、それに合わせてどんどん、変わっていっているのを感じます。

 


新しい人との出会い、新しい世界との出会い。

そんな中で、今の自分に与えられた縁に感謝して、これからも、そんなご縁の中で、なにか自分の使命や役割を果たしていくことができるように…という祈りを、この旅を通じて込められたらなぁ、と思いました。

 

日本一、モテる男に会いたい!

なにやら真面目腐ったことばかり書いて恥ずかしくなってきたので、

もちろん「爆モテ爆イケ、日本一イイ男神様のオオクニヌシ様に会いた〜い💗」みたいなミーハーでヨコシマな気持ちがあったことも白状しておきます。笑

今回出雲に旅をするにあたって、中山道の時もそうしているように、まず図書館に行って「出雲」に関する本でビビっときたのをかたっぱしから読みました。

その中で、一番胸に刺さったのが、日本を代表する哲学者であり劇作家でもある梅原猛さんの歌舞伎の劇本「オオクニヌシ」でした。


大国主が登場する日本神話「古事記」「日本書紀」あたりは、この「ラノベ古事記」というネットでも読めるすっごーくわかりやすい現代語訳でなんとなく触れていました。
(すごく読みやすいので、まだ知らないという方は是非!!)

ここで描かれる大国主の人物像(神様像?)は、「美女好きなプレイボーイ」「損な役回りを引き受けつつも、出るとこは出てちゃっかり美味しいところを持っていくキレ者」という感じでした。

「縁結びの神様」「八千矛神」という呼ばれ方からしても、大国主様ってなんかちょっと軟派な神様なのかな???というイメージを、これまで勝手に持っていたんです。

 

 

優しくて、正直すぎる神様。

でも、梅原猛版「オオクニヌシ」を読んで、そのイメージが少し変わりました。

ここでは、大国主命は「お人好しで正直すぎるあまり、損ばかりしている心優しき大馬鹿者」として描かれています。
だからこそ、周りの女神たちも、大国主を放っておけないんですね(笑)

その優しさゆえに、兄神たちに妬まれ、陥れられ、虐げられ。
でもその正直さゆえに、彼を好きになる人たちとのご縁に助けられて、名前を授かり、国を授かり、それを立派に大きくし、皆に尊敬される稀代の名君となっていく。

そして最後には、人をまっすぐに信じるその心のあまり、大切にしてきたもののほとんどを失ってしまう。
しかしそれも導きと受け入れる…という、まるでシェイクスピアの悲劇のような、悲しい結末までが描かれています。


もちろん劇の脚本ですから、物語がドラマチックになるよう、演出がなされています。
実際の大国主がどんな心を持つ神様であったかは、わかりません。

それでも、なんだか単純ですが、私はこの物語を読んで、妙にオオクニヌシ様に愛着が湧いてしまったのでした(笑)
彼を愛してやまない女神たちに思わず「うんわかる!!それは愛せざるをえないよね!!!」と感情移入してしまういい男っぷりなのです。

そんな大国主命の素敵な人柄(神様柄?)にも、なにかのかたちで触れることができたらいいなぁという、ちょっと邪なミーハー心もありつつ、出雲に向かったのでした。

 

まっすぐであたたかい、出雲国の人びと。

そんな出雲へ、実際に行っていちばんに感じたこと。
それは、出会い接してくれる人々の、まっすぐな温かさでした。

私が楽しそうにしていると、心からの笑顔で屈託なく、嬉しさを全霊で表現して応えてくださる。
私が何か困っていたら、その人ができる全力のことを、なんの躊躇いもなく手伝ってくれる。

100の気持ちで臨んだら、そのまんまストレートに、鏡のように100の気持ちで返ってくる。
私が観光客だから??いや、絶対それだけじゃないはずだ。

 

ステンドグラスがとても綺麗な、一畑電鉄「出雲大社前」駅舎。

 

実際訪れるまでは、さっき書いたような梅原版「正直者の大国主様像」に憧れはありつつも「でも実際はやっぱ女好きのプレイボーイちゃうんか!?」という疑い(?)がどこかにありました。

でも。
たったの2日間旅しただけだけど、梅原猛が描く馬鹿正直者の人物像こそが、オオクニヌシの本当の姿なんじゃないか、だからその血を受け継ぐ出雲の人たちはこんなに人がいいのではないか…なんて思わず考えてしまった。

それほど何か、出雲の人に屈託ない真っ直ぐさを感じました。

 

始まってもないけど、次回へ続く!

さて、そんなこんなで、いつものことだけど前置きがすごく長くなってしまいましたので、旅の本編はまた次の記事に分けたいと思います。

美しい春の山に抱かれた出雲大社……ほんとうにきれいなところでした。

つづく。

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