リアルタイム巡礼記2019

【巡礼18〜19日目】自分にとって必要なものだけに、焦点を合わせて

こんばんは!たまゆりです。

今日のアルベルゲのオスピタレロさんは、ちょっと呑んだくれで危なそうなニオイがします(笑)声がめっちゃでかい。キャラが濃い。

6/2【巡礼18日目 ペンドゥエレス〜ビジャホルメス】 歩行距離:32.1km
6/3 【巡礼19日目 ビジャホルメス〜サンエステバン・デ・レセス】歩行距離:22.3km

昨日は日曜日。
日曜日になると、すごいんですよ。北の道。

北の道が通ってるあたりって、海が近くてビーチがあって自然が多いから、スペインの中でもたぶん屈指のリゾート地なんですね。

だからもう、、休日になるとすごいの、リゾートに、ビーチに押し寄せる大量の人が。。


昨日なんか、本当に、巡礼路がビーチの上を通っていて、そこがものすごい数のパラソルと水着のパリーピーポーであふれていて、もうね、サイアクだ…と思いました。

北の道はこういうことがわりと多い。巡礼という行為自体があまりリスペクトされてないっていうか、そもそもみんなリゾートしにきてるから巡礼とか興味もないし、そもそも認知されていない。巡礼者が少ないのだから、そりゃ当たり前な気もするけど。


昨日こんなことがあった。

挨拶を交わしたり会釈する気配もないままにじろじろ不躾に見てくるだけでも、私の感覚では失礼極まりないと思うんだけど。
じろじろ見られた挙句こちらに話しかけるでもなく、でも聞こえる声で「なにこの人?ペレグリーノ?」的な感じで派手なオバさんが連れのでぶっちょのおじさんに言ってた時は、本当に心の底からムカついて、思わず相手に聞こえる声ですれ違いざまに「ファックユー」と言ってしまった。悪気はなかったんだろうけど。せめて面と向かって話しかけろや。挨拶くらいしろや。人間だと思われてないのか私は。言葉の通じなそうなあからさまな外国人だからか?私があまりにも場違いだからか?(いや、でもここれっきとした巡礼路だし)ここがカミーノじゃなきゃ私だって好きでこの格好でこんなところ歩いてないわ。
なんだか悲しみと怒りで泣きそうな気持ちになった。そんな反応をしてしまった自分が、何よりサイアクと思った。

サイアクだ…って顔して歩いてた私もいかんかったのかもしれない。でもあの状況であの大量の人間たち全員に向かって笑顔でいるなんて私には無理。絶対無理。


リスペクトしろって言いたいわけじゃない。でもなんか単純に悲しくなる。見えてる世界やどこに価値観の重きを置いているかが違いすぎて。見てくればかり気にして、モノやサービスをお金で買うことで心を埋め合わせて。
当然のように人間を、自分を大きく偉い存在みたいに思い込んでいて、そのように振舞う。そういうことに疑問すら抱かない。悪いけど私にはその人たちがそう見えた。

他力本願で、ぼんやりした顔つき。大きな車を飛ばして大挙してやってくる。そんな人たちがこんなにいるんだなって、驚く。

端的にいってそういう人種が苦手だ、嫌いだ。判で押したような「幸せ」の形。私だって、そういうのが幸せだと思い込んで、長い間暮らしていたと思う。でも今はもうそうは思えなくなってしまった。

そして、そんなことを思う自分の方がよっぽど「ズレて」見えるんだろうなと思うと、悲しい。悲しくなってしまう、まだ。

それは、大衆に理解されたい、みんなに好かれたい、大勢の人と足並み揃えて安心したい、と思う自分の心の弱さから来るのだろうと思う。

どちらがいいとか、悪いとかじゃないんだろうと思う。ただその人たちはそうで、それがその人たちの心からの幸せだとしたら文句を言う権利などどこにもない。
私はそう思わない、私はそれが嫌い、それだけ。価値観が違うならどうでもいいはずだし、黙って離れればいい。


でもそんな風にまだ割り切れない自分がいて、分かってもらいたくなってしまう。どうして分かってくれないの、と駄々をこねるのと同じことをしていると思う。それは自分が未熟だから。だから悔しい、んだ、多分。

その人たちにムカついてるわけじゃなくて、ムカついてしまう自分にムカついているのかもしれない。まだ、細道に踏み出す勇気のない自分に。


だからもう、そういう場所では、私は今私にとってなんの実りもない、得るものがない砂漠を歩いていて、人々を砂つぶだと思い込むようにしながら、いかに心を静めて歩くかのゲームをしている気持ちで歩いていた。

それが正しいかどうかはわからないけど、そうしたらちょっと、楽になった。


なんか、こういうことを書くと、北の道はそんなひどいところなのかって誤解する人もいるかもしれないから書いておくけど、そういうところばっかりじゃもちろん、ないですよ。嫌だなって思うことと同じくらいの割合で、素敵な人にも、場所にも、景色にもたくさん出会う。

そして、同じくこういうことを書くと大変だねとか辛そうだねとかやたら心配してくれる人もいるけど、私はこの道を歩いていて起こるこういうことを、大事な修行の場としてとらえている、つもりです。なので、正直、そういうこともひっくるめてものすごく楽しんでます。なので心配じゃなくて応援してほしいかな。私の底力を信じてくれ。

ポジティブなものもネガティブなものもひっくるめて、日々新しい自分の感情に出会うし、その度に傷ついたり打ちのめされたりもしながら、そして色んな愛に助けられながら、また立ち上がって歩くのが最高に楽しいから。


これはそういう修行、なんだと思います。きっと。必要だから与えられた、というか、必要だから自分で選んだ、というか。

どんな状況でも、心を静かに保つための練習。自分に必要なものや、たどり着きたい場所に焦点を絞り、ぶれない練習。今の所失敗続きだけどね(笑)

だから私が戦っている相手は、自分自身の心そのものなのだと思う。


不毛な砂漠に思えるような道を歩く日でも、やっぱりオアシスのように素敵な場所、人、ものはちゃんとある。怒りや悲しみにとらわれたら簡単に見失うような場所に、静かに。そういうものたちはみんな、目立つようにここだよ!なんてメッセージを発しない。さりげない。だから心が静かじゃないと気がつけない。

それは道端に咲いた花の色だったり、雲間の青空のみずみずしい色だったり、砕ける直前の波のはっとするような透明なブルーだったり、虹色に光る葉っぱの雨露だったり、アルベルゲで出会う人のほんものの言葉だったり、笑顔の挨拶だったり、愛のこもったごはんだったり、丁寧に手入れされた教会のステンドグラスの光や、磨かれてピカピカ光る椅子だったり。

そんなふうに、自分にとって必要なものや場所や人にだけ、静かに焦点を合わせられるように、なりたい。そういうものをちゃんと見つけられるような、穏やかで純粋な自分でいたい。

今はまだ全然だめでも、少しずつ。


そのために私は今、この道を歩いているんだと思います。

うん。

うんーーー!!!!

なんか、このところずっともんやりと考えていたことを色々言葉にできてすっきりした。


なんかあれだな、フランス人の道を、守られた中で安心して自分の道を進む練習をする場所だとしたら、この北の道は、もっと実社会に近い環境で(笑)同じことをできるように練習するための修行の場みたいなものかもしれない。よくできてる!

それじゃおやすみなさい!

P.S.
タンパク質を摂るのが大事と教えていただいたので、今日はタンパク質づくし(?)なアストゥリアス地方名物料理をいただきました。

昨日私がすごく嫌な気持ちで例のビーチを後にして歩いていた時に話しかけてくれて、一緒に歩いてくれた名前の通り天使のようなアンヘルおじちゃん(マドリッド出身)。持っている木の杖に、ナイフで日数を刻んでてかっちょいい。

そんなクールに見えてすごく面倒見がいいアンヘルが、歩きながらスペインのことを色々教えてくれました。


アストゥリアス名産の豆・ファバダをチョリソやお肉と煮込んだスープ!


薄く伸ばした豚肉でハムとチーズを挟んで揚げた料理、カチョボ。


赤ワインを炭酸水で割って飲むやり方を教えてくれました。すっごくおいしかった!

続きはこちら。

【巡礼20日目】笑顔の力はすごい!北の道ともそろそろお別れです。こんばんは!たまゆりです! さっそく今日の日記いってみよう! 【巡礼20日目 サンエステバン・デレセス〜プリエスカ】 歩行距離:...

 

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POSTED COMMENT

  1. クリストフ より:

    リュファンの紀行文と読み比べつつ、毎回楽しみに読ませて頂いています。今さらながらサンティアゴ巡礼記はみんな同じで、みんな違っていますね。体験しなければ出てこない言葉には重みがあります。

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