リアルタイム巡礼記2019

【巡礼記・番外編?】元気に生きてます!自分の陰にふれ、抱きしめる戦い。

みなさま、こんにちは!
おひさしぶりです、たまゆりです。
 


いま、カボレドンドというなんだかお祭りみたいで楽しい名前の街のアルベルゲにいます。すごくいいところです。
 
 
ブログ、しばらく、更新できていなくてごめんなさい。
なんか、思ったよりもたくさんの方にこのブログを読んでいただいてるみたいで、しばらく更新しないと方々に心配をかけてしまうようでなんだか申し訳ない。
 
 
元気です、というか、元気になってきました、が正しいのかな。
 
 
 
風邪ひいたりして何度か「元気になりました!大丈夫!」って今まで書いてたりしたんだけど、やっぱり回復しきってなかったみたいで…。(電話で母にそのことを言ったら、もう歳だから3年前のように無理はきかないのよと言われた。切ないけど、ほんとにそうだなと思う。)
 
 
風邪の症状もだいぶおさまり身体がだいたい落ち着いた思ったら、今度は、精神的なつらさがズドン、とやってきて。
 
これまで身体をなんとか戻すのに必死で目を向けられなかった心のストレスの方に、意識がいったようです。
 
 
数日、ホームシックというのかノイローゼというのか…。重い孤独感と無力感にとらわれていました。
 
 
 
 
なんか、ほんとーーーーに。すごいぞ。なんかやっぱすごいんだと思う、この道。なんかあるもん、絶対。
 
 
 
で、その孤独感だったり無力感は、ものすごく、私の奥の方、この世界に生まれて一番最初の頃にできた、核みたいなところからやってくるようなかんじなのです。柔らかくて脆い、芯のような。硬く見える貝の、内側の肉のような。そんなかんじ。
 
ベッドの上でなんかよくわからない涙がひたすらほろほろ出てくるんだけど、なんかその涙がすごく不思議な味と、温度で。
 
古い古い昔からためてきた、とっくに忘れてたような、でも私の奥底にあった黒くて硬い、灰青の空気をまとってぐじゃぐじゃ何を丸めたようなかたまり。
 
なんかそこから染み出してくるような涙が止まらなかったです。
 
 
 

自分の一番きらいだった自分。
そしてそれは、自分が、一番、認めて抱きしめてあげたかった自分、だと思う、きっと。
 
 
自分の殻にとじこもり、誰にも気持ちを明かしたくない、誰とも話したくない、入ってこないで、誰も。
そう思うのに、つねにその殻の隙間から、今の自分はどう見えているんだろうとか、人はどうしてあんなに楽しそうに強く生きているんだろうとか、なぜ自分は同じようにできないんだろうとか、うらやましがってばかりいる。外の世界を。そんな私。
 
 


思えば私はそんなこどもだったなあと思い出す。
 
誰にも分かってもらえないと閉じこもるくせに、本当は胸のあたりが千切れそうなくらい、だれかにかまって欲しくて、気にかけてほしくてたまらない。それがうまく表現できなくてよけいに内にこもる。
 
 
 
この北の道で、ひさしぶりのひとりぼっちの海外で、言葉もわかんなくて、友達もできなくて、寒くて雨降りで、風邪ひいて、食べ物もちゃんと食べれなくて…
 
そんな状況に置かれたことで、ものすごく、そういう自分が、 自分の一番裏側の、陰の部分が、いっせいにどぅわあああああ!!!!!って表に出てきて私を覆い尽くした。そんなかんじ。
 
 
 
そう、これ全然伝わってるかわかんないんだけど、そんな感じの数日間でした。
 
 
 
以下、その時書いてた、日記。

(「あの眩しく乾いた道」とは、3年前に歩いたフランス人の道のことです。)
 
 
 
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5/27 よなか
 
 
あのまぶしく乾いた道を陽とするなら、この薄暗く湿った道はきっと陰だ。
 
どちらがかけてもいけないし、どちらのわたしもどうしようもなく私だ。
 
 
眩しくドラマティックにダイナミックな鮮やかな世界で生きる私も。
 
毎日がうす暗くにぶいトーンでじわじわとすぎていくかのような、この世界に生きる私も。
 
 
どちらも、わたしなのだ。どうしようもなく。
どちらも合わせて、わたしなのだ。
 
 
あの道で味わったことよりも、もっと生々しくて、なまぐさくて、時に目も背けたくなるような。もっともっと、さらに、パーソナルな私。
 
そんな自分を、私はいま、この道を通して、私は私に統合しようと、その陰を合体させようとでもしているのだろうか?
 
 
なんだかもう、そんな風に思えてならない。つくづく、不思議な道だ。
 
 
 
陽と陰。
ひとつになるのか?
 
 
 
——————-
 
 
そう、だから、これはすごく意味のあることなんだと思った。そして、そうだということはずっと、苦しんでる間も心のどこかにあった。
 


でも、本当に辛くて、苦しくて、もうやめようかと思いました。心の底から。
 
カミーノはやめて、帰りの飛行機までシチリアに行って海の見える街に部屋でも借りて泳いだり本を読んだりしてのんびり過ごそうかなとか、いっそ、バルセロナとかマドリッドでスペイン語の学校にでも通おうかなとか思ったり。
 
もう、やめよう、こんなに苦しいこと、これ以上耐えられない。
 
本気でそう思いました。こんどは、そのときの日記。
 
 
 
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5/28
 

私はいま、ものすごく、迷っています。
 
このままこの道に、とどまりつづけるのかどうか。歩き続けるのかどうか。
 
 
 
ここまで歩いてきて、感じました。
 
これは、私の見たかった景色ではないかもしれない。
いま、私が見つけたいものは、ここにはないかもしれない。
 
 
楽しいと思えない自分がいる。
 
いや、楽しさだけを求めてここへきたわけじゃない。
それでも、ここには今の私にとって意味のある何かがほんとうにあるのだろうか?
 
 
雨が続いて憂鬱だからそう感じるだけ?
もしも晴れたら、海が見えて気持ちが晴れたら…
 
 
そう思って、ここまで来てみたけど。
 
 
なにかがやっぱり、違うような気がしてしかたがない。
 
 
 
なにもかもがしっくりこないの。
 
 
ブログをこうして書こうとしていることも。真摯に言葉にしたくても、なんだか言葉にならないようなあいまいではっきりしないことばかりで。それでも書こうとすると、なんだか自分が必死に嘘を並べているような気分になってくる。
 
なんなんだろうな。
ほんとに。
 
 
これが、私の人生に、私の心に必要な葛藤なのだろうということはわかる。
 
 
 
どう答えを出したらいいのかわからないな。
 
 
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うん。ほんとに悩んだ。
 
でもねえ、なんだかねぇ、やっぱりちゃんと元気になりました!!!笑
 
 
 
 
久しぶりに青空が広がった昨日は、泊まって休んでいたサンタンデルの街を散歩に出かけました。
 
スーパーで豆の缶詰とかタコの缶詰とかハムとか、イチゴとかバナナとかオレンジとかチーズとか買って。ピクニックしようと思って。
 
 
ごめん、長くなりそうなので、そのようすは別の記事にわけますね。すごくいろいろ書いててブログにあげてない文字が溜まってるの(笑)
 


でもね、すっごくよかった。歩いていたら、海を眺めていたら、たくさん食べて、そこでおもいきり陽を浴びてそこが天国みたいに幸せそうに過ごしてる人たちを見てたら元気が出てきた。
 
 
そして昨日の晩、はじめて、その自分の一番暗くて寂しかった部分と、向き合ってみたような感じがしました。
 
それは、黒い寂しいかたまりのような形に見えていたけど、よく見ると、小さいころ、昔のおさげ髪だったころの自分の姿をしていたような気がする。
 
そしてその自分を、今の私が、抱きしめたような。大丈夫だよ、ここにいるよ、どこへもいかないよ、ゆっくり、歩こう。いっしょに、どこまでも。いつまでも。私は私に、そんな風に言った気がしました。
 
 
だから、歩いてみよう、歩きつづけてみよう、と思いました。ぜんぜんうまくいえないけど。
 
 
 
うーーん、立ち直ったのかな?これは?笑
 
 
また「やっぱりだめだった…」って落ちてしまうこともあるかも。わかんないけど(笑)
 
 
 
とりあえず、明日も、歩きます。
 
 
 
そんな感じです。
 
 


不思議な道だ、ほんとに。
ここにいられることを感謝します。
ギリギリ乗り越えた(気がする)自分にも。
一番辛かった時、思い出していっぱいいっぱい心の栄養をもらった、日本の友達、必要としてくれた人、お世話になった人、みんなの笑顔にも。(ひとりには、延々と長文の落ち込み愚痴メールを送りつけてしまった。もうしわけない)
 
 
この先も、旅は続きます。
 
 
 
それじゃ、また!たまゆりでした。
チャオ!
 

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POSTED COMMENT

  1. 匿名 より:

    君は私達のすぐ後ろだ。私達はダラダラしているので今日にも追いつくでしよう。
    Let’s together!

  2. たかゆり より:

    頑張りすぎないでね。
    フランス人の道から応援しています。

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