中山道

私だけの自由な魂の火。悪くないじゃん国道歩き!【中山道歩き5日目・大妻籠〜須原】

20201224
中山道歩き5日目
大妻籠~妻籠宿~三留野宿~野尻宿~須原宿(須原駅)

歩行距離:22.49km

 

冬の木曽路はやっぱり寒い。

寒いだろうなあ、となんとなく覚悟はしていたけど、やっぱり寒い。

でも、この寒さがあるからこそ、木曽路を歩いているなぁという感じもする。

 

数日前に降った雪が、溶けないままそこら中に積もっている。

一度溶けた雪もすっかり凍りついて、鏡みたいに水色の朝の空を映している。

 

透明な朝の光に、向こうの山の斜面が照らされている。歩く道はまだ薄暗い。でも、すぐそこまで太陽が来ていることを感じる。

ピントの合いすぎた写真みたいに、空気がキリッと澄んで遠くまで見渡せる。

その視界に息を吐きかけると、目の前が白くけぶっては消える。人のいない朝の宿場町。綺麗だ。

 

昨日は、妻籠宿の2kmほど手前、大妻籠という集落に泊まったので、けさはまず、妻籠宿を目指して歩く。

出発間際に、宿のおばあちゃんが「これ持って行きな」と、ミルミルなる乳酸菌飲料を手渡してくれた。

なんて懐かしいんだろう。昔おばあちゃんがよくくれた気がするな。

 

「気をつけて行くんだよ」と何度も声をかけてくれるのが、嬉しくてあったかい。

 

ほとんど誰にも会わない冬の中山道歩きは、孤独といえば孤独。

だからこそ、こうやって誰かの掛け値ない愛や善きものに触れた時の喜びは、なにかじんわりと湧き上がってくるような感じがする。

 

大妻籠から妻籠宿へ向かって、山間の渓流沿いの道を歩いて行く。

足元の雪も、落ち葉や苔も、全部が凍りついて真っ白だ。

バケツの水も、かちんこちん

 

スニーカーの足元が滑らないように、慎重に歩いて行く。

 

たどり着いた妻籠宿には、朝早い時間帯も手伝ってか、見事に、だあれもいなかった。

ここは昨日訪れた馬籠宿とも並ぶ、往時の景観の美しさをとどめた宿場町で、シーズンともなると観光客が多く、お店や旅籠が立ち並ぶ場所でもある。

 

残念ながらお店はまだどこも開いていなかったけれど、冬の朝の澄んだ空気の中で、美しい街並みを左右に眺めながら歩くのはとても気持ちがいい。

「疫病退散」と書かれた、可愛らしい手製の柿&柚子だるま

 

 

妻籠宿を過ぎ、いくつか山道の中の集落を超えて行くと、中山道は木曽川の広い流れと出会う。

三留野宿のある、南木曽の町だ。

遠く向こうには、これまでにない高い山の姿も見え始めた。

木曽川の流れの向こうに覗く中央アルプスはもうすっかり白く、冷たい冷たい暗い色の雪雲がかかっている。

朝は晴れていた空にも、厚い雲が出てきて、なんとも、冬の木曽路らしい風景。

 

ここから先の街道歩きは、ほとんどが国道と線路沿いのアスファルト道歩きだ。

これといって面白みがあるわけでも、自然を堪能できるというわけでもない。

ただただ寒く、単調な道行きはただただ長い。

 

それでも、私はなんだか楽しかった。

左手に雪に埋もれた川の流れを見ながら、右隣を、スピードを上げたトラック、乗用車がどんどん横切って行く。

30分か1時間に一度、眼下の線路の上を、電車があっという間に走り抜けて行く。

どんよりと曇った空は暗くて、寒い。

 

その中を歩く。

以前だったら、まっさきに「NO」と言ってやめたくなっていたことだったと思う。

現に、昨日家を出る前まで、この区間を歩くことにあんまり乗り気じゃなかった。自分で決めて歩くことにしたのではあるが「これはもはや義務」と自分に言い聞かせるように、眠い目をこすって凍えながら着替えて家を出て来たんだから。

それでもなぜか私は、ここにきて「こういうのも楽しい」と思っていた。

 

理由はかっこよく説明はできない。

ただ単に、歩き続けて来たことでランナーズハイならぬウォーカーズハイになっていたのか、あるいは、車でびゅんびゅんと走り抜ける人々への謎にねじれて歪んだ優越感か。

 

理由はよくわからないのだけれども、なんだかとても楽しくなって、歩いている人なんて他にひとりもいない、誰も気がつかないから、大きな声で歌いながら歩く。

ここみたいに、曇天の下のアスファルトを歩くのがきつかった、カミーノの北の道でいつもお世話になったYUKIちゃんの曲が自然と浮かぶ。

 

雪国で生まれた彼女が作って歌う曲は、いつもどこか、自然の中で、それが与えるものを思い切り受け取ってのびのびと歩んで行くような感じがして、いきいきとした生命力がいっぱいで、すごく好きだ。

大好きな曲は数え切れないほどあるけれど、なかでも特別に好きなのは「フラッグを立てろ」って曲。

 

「破れたなら縫い直して あつあつアイロンをかけて

誇らしげでしょう? はためいて

いつだってうまく生きられないわ」

 

「起死回生のチャンス 何度でも 絵に描いたドアを叩いて

色は匂えど散りゆく花を 咲かせるのは自分よ

咲かせるのは自由さ

戦うのは自分よ」

 

「穴だらけのジーンズをはいて すきま風に涙こらえて」

 

書ききれないけど、一言一句大好きな歌詞ばっかり。

曲を思い切り口ずさみながら歩いていて、ちょっとだけわかった気がした。

多分私は今、私だけの自由を手に入れている。だからこんなに幸せなのかも。

それはきっと、はたからみたら全然なんてことなくて、しょうもないことなのかもしれなくて、惨めで貧相なのかもしれなくて、そう見られているのかもしれないなという、どこか後ろめたさや恥ずかしさは、いつだってあった。こうして道を歩く旅に。

そんな思い込みの他者からの声、転じて自己嫌悪に、飲み込まれそうな時だって何度も何度もあるし、これからだって調子悪い時は苛まれることだろう。

 

それでもなんだか、思えた。

「私が楽しいんだから、楽しいんだよ!!」

「それ以上に、必要なものなんてこの人生にないんだよ」って。

 

他の誰がなんと思おうと、自分の中のあたりまえや常識やみんなといっしょの理想や、そういうものがどれだけ邪魔をしたとしても、今しているこれを、楽しいと思える自分は、きっと誰にも消すことはできない。

そんな、自分の中の火を見つけた気がした。

日常や、住み慣れた社会の中では簡単に見失ってしまえるその火に、もういちど会えた気がして嬉しかった。

 

「空から落ちて来たビーズを 拾い集めてたらいつかは

辿りつくだろう ひとりきりの 自由のフラッグを立てるんだ」

 

この中山道の旅の中で、こんな気持ちになれたことは、私の中で、きっとものすごい革命だった。

長い長いひとつづきのロングディスタンスの旅の中でなければ、出会うことができないと思っていた、存在を確かめることができないと思っていた、自分の内の炎。

 

その炎は、たとえ何度見失っても絶対になくしたくないものだったし、どうにかしてその炎を、自分の胸の中にちゃんとここにあるんだっていつも確かめていられるようにしたかった。

その炎っていうのは多分「自分の純粋な魂が望むこと」みたいなのに近いと思う。

仕事や、暮らしや、食べること、掃除、義務、お金、健康、生きていくために必要なそれらの土台を作ろうとすればするほど、日常が快適で安全なものになればなるほど、その炎から自分が遠のいて行く気がして、肉体は何不自由なく生きているのに、魂の内側からゆっくりと死んでいくようで、ずっと怖かった。

だからって、ずっと旅や、こうして歩くことをするだけで生きていられるかと言われたら、それは不可能なことだった。

 

でも、今なら。この形でなら。

暮らすことも、生きることも、肉体を健康に生かすことも、そしてそれをしながら、自分の魂の火を見失わないでいることも、全部同時に、体現していけるんじゃないかって思って。

 

月に1,2度のこの中山道の旅は、たとえば数ヶ月かけて海外の自然や街を歩くトレイルとは、比べ物にならないものかもしれない。

それでも私にとっては、この時間が、きっと何者にも代えがたい、自分の中の一番大事な何かと向き合えるものなんだという気がした。

 

安定して働いてちゃんと暮らそうとしては魂が死にかけて飛び出して、今度は旅ばっかりに明け暮れて土台を見失い、肉体がすり減って。

極端なふたつを長い間ずっとくりかえして、探し続けていたちょうどいいバランスを、それを実現できる場所を、私は見つけつつあるのかもしれない。

そんなふうに思って。

 

 

うん、きっとそういうことだったんだと思う。

そしたら、なんか、本当になんでもない曇り空の車道脇をただ歩いているだけでどうしようもなく泣けて来た。

うん、私、やっていけそう。これからも。

そんな風に感じたのでした。

 

さて。

長い話はさておき、南木曽の街中にある三留野宿を過ぎて、野尻宿に入ると、すてきな珈琲屋さんに遭遇した。

ここまで、馬籠宿でも妻籠宿でもことごとくお店が開いていない光景を目にしたので、まさかこんな辺鄙な(といっては失礼だけども)場所でカフェが開いていると思わなくて、迷わず中へ飛び込む。

静岡県出身の奥様と、群馬県出身の旦那様で、二人でバイクに乗るのが趣味で、お店を営むために揃って移住されてきたという、ご夫婦の営む「coffee KATANA(刀)」さん。

その名前の通り、ここはかつて鍛冶屋さんだった建物で、オリジナルブレンドのコーヒーの名前も「カタナブレンド」「カジヤブレンド」の名前を冠している。

こんな辺鄙な場所なのに(歩いて来たからなおさらそう感じてしまう)、プロのパティシエさんが仕込んだという絶品のケーキと、熱々のハンドドリップの香りのいい珈琲、それからホットサンドの軽食もいただける。

しかも私が最高に興奮したのが、まさに木の国、木の通り道でもあるここ木曽路ならではの、地産の漆器でケーキやコーヒーが供されていること。

ここから先、中山道をさらに木曽川の上流へ歩いて行ったところにある「福島宿(木曽福島)」にある漆器屋さんですべてを取り揃えているそうで、品がいいのにしっくりと手に馴染むあたたかさがあって、ほんとうに素敵だった。

 

思わず、ホットサンドも食べ、大きなケーキも食べ、コーヒーは刀ブレンドと鍛冶屋ブレンド、2杯もたっぷりいただいてしまった。

中山道歩きのオアシスのようなすてきなお店です。

今はまだカフェのみの営業だとのことですが、いずれ、バイカーさんや歩き旅の人に向けたゲストハウスとしても泊まれるように整備していきたい、とおっしゃっておられました。

強くおすすめです。

 

そんなこんなで、野尻宿で思いもよらぬゆっくりとした幸せな時間をいただいて。

その先は、今日のゴールの須原宿を目指してラストスパート。

途中、国道沿いゆえ道の駅などもあり、信州味噌とワインをおみやげに購入。

 

曇り空の上で太陽が落ち始め暗くなって来た頃、12時間に一本しかない電車にぎりぎり間に合う形で、須原宿のそばにある須原駅に到着したのでした。

いやぁ、今回も、人の温もりに触れ、おいしいものをたくさんいただいて、冬ならではの自然の美しさを味わい、自分自身とも向き合うことのできたいい旅でした。

 

次回は1月下旬、お天気にもよりますが、再び電車で自宅から須原宿まで向かい、その先、福島宿、奈良井宿と、山深き木曽路を歩きたいと思います。

次回は、23日の予定。

いまのところ、2日間の2日目でけっこう疲れているけど、だいじょうぶかな~(笑)

 

ちなみにそのあと、2月は、中山道のルートがより雪の深い峠に分け入って行くため、場合によっては東へ向かうのを保留して、

自宅から西の京都にへ向かって比較的平坦な中山道の西側を歩くか、または京都から自宅を目指して歩くかにしてみようかなどと思案中です。

ぜんぜん関係ない、愛媛と広島をつなぐしまなみ海道を歩くプランもあったりしますが

もう少し考えてみようっと。

 

またこれも余談ですが、すごーくやんわりとではあるものの、前に書いたアメリカのJMTについてもワクワクと思いをめぐらせております。

今年の夏は、ちょっとそこへ近づけるように、憧れだった南アルプスの45日の縦走を、、やりたい、、、。できればテントで

行きたい場所、やりたいこともたくさん。

ワクワクを胸に抱きつつ、仕事も暮らしも旅もなんでも、今の一瞬ずつを大事に味わいながら日々を生きておりたいと思います。

 

最後に、最近JMTの勉強しようと読んでいる本「LONG DISTANCE HIKING」から、長谷川晋さんの言葉を紹介させてください。

 

「ロングハイキングの終わりはもちろん喜びにあふれている。

しかし、その後、思い出されるのは”途中”のことばかりなのだ。

 

共に苦しみを越えて喜びを分かち合った友人たち。

歌いながら歩いた迂回路。励まし合い登ったいくつもの峠。

(中略)

そう、ロングハイキングの、旅の、肝心なことは中身だ。

何をしたかではなく、何をしてきたか。

重要なのは旅の結果ではなく、旅の過程だ。

その旅をいかに楽しんでいるかということだ。」

 

いつでも忘れないでいたいこと。

今、この瞬間を受け入れて楽しむこと。

旅も仕事も、人生そのものもおんなじのような気がします。

ちょっとずつ、ちょっとずつ。

 

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