リアルタイム巡礼記

【マドリードの道3日目】終わらない松林の迷路。背負った重荷を下ろして、幸せになろう

みなさまこんにちは、たまゆりです!

スペインは夜の23時をまわってしまいました(わーー夜更かししちゃった!!!)

現在、ナバ・デラ・アスンシオンという街のホテルでこれを書いています。

 

今日の日記は、ちょっと長いです(笑)そして独り言多いです(笑)

退屈しないで読んでもらえるといいのですが。

 

それではどうぞ!

 

【Santa Maria la Real de Nieva-Nava de la Asunción 12.9km】

今日は、とても寒い1日。

朝、昨日泊まったアルベルゲを後にして歩き出します。

 

まだほとんど人のいない朝の街。頰を切るような冷たい風が吹いていて、身を縮ませながら歩く。

雨も降っていないのに(寒いから)カッパを着て、それを風にバサバサなびかせながら、ひとりぼっちで歩く。道端の収集ボックスにゴミを捨てにきた近所のおじいさんと目が合う。

不思議そうな顔でしばし見つめられた後「サンティアゴに行くのか」と聞かれ「(本当は違うけど話がややこしいから)そうだ」と答える。「ひとりで?」「そうだ」「バリアンテ(勇敢な)!」反応にちょっと困ったけど、ありがとう、と言って手を振って別れた。

歩き始めてから、訪れる街々の地元の人たちとたびたびこういうやりとりがある。そうだよなあ、どうみても異国人の女が朝の街をこんな格好でひとりぼっちで歩いていたら、ちょっぴりぎょっとするよなあ、と今更思う。

 

あまり考えたことなかったけど、客観的に考えてみたら、変な状況だよな。

なんでこうなってるんだろ?わたしなんでこんな場所をひとりで歩いてるんだろ?と、急に我ながらちょっとおかしくなる。

 

街を抜けると道は、出口のない迷いの森のダンジョンみたいな、広大な松林にさしかかった。

昨日通った道にも松林はあったけど、今日のやつはもっとすごい。いくら歩いても、3キロも5キロも歩いても、ただ黒々とした木がものも言わずにずらりずらりと並んでいるばかり。

曇っていて薄暗いからちょっと不気味なんだけど、歩きながらじっと考え事をするには、もってこいの道。

 

 

だから考えてみた。なんで私は歩いているんだろうなと。

1度目の巡礼の旅は、わたしにとってまさに「新しい世界への扉」だった。何も知らない異国の地へいきなり行って、いきなり1ヶ月歩いて旅をする。ただそのことだけでありえないほどワクワクしていたし、出会うものすべてが新しかった。生まれて初めて世界を見た赤ん坊みたいだった。

 

そして2度目の旅は「必死にもがく」感じだった。ものすごくたどり着きたい目標があって、そこへ行こうと必死だった。どうにか今の自分のその先へ行きたくて、早く強くなりたくてもがいていた。例えるなら、生まれたての仔馬が濡れそぼった身体と震える足で必死に立ち上がろうとする感じだろうか…。

 


ならば、3度目になる今回の旅はどうだろう。

1回目のキラキラとした期待も、2回目のギラギラとした必死さもない。

ただ「うーん、楽しめたらいいなぁ」というささやかな願いがあるだけだった。

 

最初は、本当にこんなフワッとしたままで出発しちゃっていいのだろうか?と思ってた。

新鮮な驚きも目標もないなんてあまりに地味じゃない。せっかく旅に出るのにどうなのよそれ、と。

もしかして、わたしの意欲は枯れてしまったのか?歩く旅に対する情熱の火が消えてしまったのか?と不安にもなった。

 

でもここ数日歩いてみて、 どうやらそれは違っていたらしい、ということがわかってきた。

 

やりたいことは変わっていない。歩く旅が大好きな気持ちも変わっていない。

私はあの頃からずっと同じ道を、同じ方向を目指して、ずっと歩き続けてるんだ、と言える。

ひとつ変化したとすれば、わたしがその道を、前よりもずっとお気楽な気持ちで歩くようになったってことだ。

 

私はこれまで、歩く旅も、人生そのものも、自分自身で望んで「苦行」に仕立て上げたがっていたのかもしれない。自分で勝手に重荷を背負い込んでいた。ドMだった(それが良いとか悪いとかではなく、当時の自分に必要だったからそうしていたんだと思う)

でもそれが、ここ最近、いろんな出来事を通して、愛情あふれる人たちとの出会いを通して、変わってきていた。

そっか、別に、この荷物、いつまでも背負ってなくてもいいのか。

別に、幸せになってもいいのか。幸せでいていいのか。そんな当たり前かもしれないことに、生まれて初めて気がつき始めていた。

 

素直に「幸せだな」と思っている自分。

そして素直に「もっと幸せになってもいいよな」と望んでいる、望むことを自分に許している自分。

 

生まれてきてはや27年、今更すぎるような気もするけれど、ようやくそんな自分に出会った。

今のわたしは、そんな場所にいる気がする。

 

 

今回の巡礼の旅も、もしかするとそれを象徴しているのかもしれない。

歩くのが好きだ。巡礼の旅が大好きだ。

でも、これは苦行ではない。苦しむために歩いているわけではない。幸せな気持ちで歩いてもいいのだ。

 

そりゃ、雨に降られる日もある。ものすごい暴風雨に突然襲われて、カッパごと吹き飛ばされそうになったりもする。ほとんど理解できないスペイン語に囲まれて、野宿を覚悟しかける日もある。そんな状況に見舞われながら歩くのは、苦行、ドM行為と言っても差し支えはないかもしれない。

でも今回のわたしにとって大事なのは、苦しさがあっても、それが「楽しい」と笑い飛ばせる範囲の苦しさであること。

 

だから疲れたらたまにはのびのびできる個室の宿で休んで、おいしいものをたくさん食べて、ぐっすり寝坊する。

雨が降ったり天気が悪かったら、無理しないで迷わずルートを変えたり休んだりしちゃう。そんな風に、心の変化が行動にも現れている気がする。

 

たぶん、今までの様々な失敗を通して自分の中で「これを超えたらあかんレベル」というのがわかってきたんじゃないかな。

「このまま歩き続けたら安全な旅の続行がむずかしいレベル」とか「これは笑い飛ばせずに周囲を逆恨みするレベル」とかそういうの。

そうならないように、自分の調子に気を使うということが、できるようになった。

これはたぶん、成長と言っていいんだと思う。

 

 

27歳。

それでもまだまだ、大人の階段は上に上に伸びていそうだ。人生ってだから楽しい。

自分が機嫌良く、世界に感謝を忘れず、楽しく生きるための「取り扱い説明書」を編むこと。それが今の私が登ってる、大人の階段なのかな。

 

 

なーんてこういうことをつい考えてしまうあたり、やっぱり、歩く旅っていうのは、限りなく人生の縮図っぽいなって思います。

自分と、それを取り巻く世界と、じっくり時間をかけて向き合える時間。大好きな愛おしい時間。

 

 

えー、長くなっちゃいました。

そんな感じで、明日からも楽しく歩きたいと思います!

 

 

ちなみに今日は、ナバ・デラ・アスンシオンの街のホテルに泊まっています。

観光地でもなんでもないふつうの街にあるんだけど、すごく綺麗でセンスの良いホテルで、街に面した階下がバルとレストランになっています。

地元の人が徒歩で、あるいは近隣の街から車に乗って、赤ちゃんからおじいちゃんまでひっきりなしに人がやってきて、食事をしたりバルでタパスを摘んでお酒を飲んだりして談笑してる。いい雰囲気。

 

スペインの人たちのささやかで幸せな休日。そんなところへちょっとだけお邪魔させてもらったようで、すごくいいなあと思いながら過ごしています。

 

 

レストランのお料理もバルのタパスも、とろけそうにおいしかったです。

特にランチメニューの「山と海の恵みリゾット(みたいな名前のお料理)」は盛り付けも素敵で魚介ときのこの出汁がめちゃくちゃよく効いてて、感動するおいしさでした。

ランチメニューはお料理2皿とワイン(または水)とデザートがついて15€です。働くみなさんもとってもすばらしいホスピタリティ!

 

「Hotel Fray Sebastian」

みなさまももしマドリードの道を歩かれることがあれば、ぜひお立ち寄りを!

 

 

 

 

明日も、ちょっとのんびりな1日を予定しています。

ホテルでゆっくり朝食をいただいてから出発し、10kmくらい先のコカという街を目指します。

たいへん歴史のあるお城がとても良い状態で保存されているのを見学できるそうで、楽しみです。

 

 

それではまた!

たまゆりでした〜〜!!

 

 

 

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POSTED COMMENT

  1. リターンライダー より:

    ゴミ捨てにきたおじいさんとの会話の描写が素晴らしい。 サンティアゴにひとりで行くのか? そうだ。 君は勇敢だ。 いえサアグンへと言わなかったのは大人の対応です! おじいさんも今日は良い日だと思ったことでしょう。、

    私も君は勇敢、に同意します。ワインは毎日飲むべし!

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