リアルタイム巡礼記2019

【巡礼17日目】辛い道にも意味を見出すのは、自分

みなさんこんにちは、たまゆりです!

この頃、あまり今までのスタイルでブログを更新する気になれなくて…何かが私の中で変化しつつあるのかな。ただ疲れてるだけ?笑

というわけで、今日からは本格的に私の完全なる個人的な日記調、より自分が書きたいことを書くだけになります。読者の方のことはあまり思いやれていないゆえ読みにくいかもしれまけんがあしからず。

【巡礼17日目 サンビセンテ・デラ・バルケラ〜ペンドゥエレス】 歩行距離 25.7km


今日みたいに、もう延々続く道をあついとかくさいとか糞が汚いとか犬がうるさいとか虫がうっとおしいとか登りがきつすぎるとか悪態をつきながら歩いているとほんとうに何故自分はこんなところへきてしまったのだろうと思うんだけど。

でもやっぱやめられない理由があるんだな。

あまりに美しすぎる景色とか、笑顔や瞳が素敵な人たちとの出会いとか。

それから、いちばんは、大好きなカボレドンドのアルベルゲの彼がくれたあの言葉。
「神様からのメッセージを受け取るには、歩かないと駄目なんだ。電車でも、バスでもいけない。歩かないとそれは、受け取れない。」

そう言われちゃったんだもん、だって!優しいハグとともに。まっすぐすぎるほどまっすぐな眼で。そんなん言われたら、歩くわ。笑


あの言葉はほんとうに、わたしの中から出てきた言葉を目の前の人がそのまま言ったようでほんとうに、どきりとした。

誰かにそう言って欲しかったのだと思う。そして、言ってくれる人がいた。そういうのが、きっと、導きというやつなんだろうと思う。

ほんとにねえ、それしても今日はねえ、あっついあっつい日陰もなんもない蒸し暑い風のない中を、えんえんと歩いたよ!!!

本当にこの坂わざわざ登る意味ある〜?って思うようなキッツイ上り坂とか。がんばって登ったって、上に何かご褒美があるわけでもないんだよ。ただわざわざ上って、わざわざまた下るだけ。
綺麗な景色とか、扉をあけて出迎えてくれる教会とか、あったらいいのになって思うけどそういうのもなくて。
私が30分かけて上った坂を車がびゅーんって一瞬で追い抜かしていく。それも次から次へと。
んで、たどり着いた坂の上の街ではサングラスにTシャツ短パン姿のジモティーたちが、バルのテラスで涼しげにワインとかコーヒー飲んでる。で、前を汗だくで通り過ぎるとじろじろ見られる。たとえ悪意のある視線でなくても、なんか堪える。この暑い中なにしてんだって自分がバカバカしく思えてくるから。笑

それでも登るの。矢印があるから。そして、胸がひゅっとなるほど美しい景色も、涙が出てくるような幸せな出会いも、ぜんぶ、同じ道だから。この先にそういうのが、たぶんきっと、あるから。それは今を歩かないと意味をなくす美しさなのだ。たぶん。

だから歩かないといけないんだよね。そうだよね、きっと。

(上の写真、モホンにメモが貼ってあった。「ここまで歩いてきたんだから、あなたはもう十分強い。だから、この先も進み続けられる」。こういうの、ほんとにしみる。)

だからがんばれる、というか、でなきゃがんばれない(笑)


きっとこの先も、こうやって、あまりに美しい景色に心躍らせる日と、あまりの退屈さつらさにあえぎ苦しみながら歩く日とがやってくるのだろうな。
その割合はわからない。でも歩く。

人生もこうなのだろうか?

意外に、死ぬ時になって幸せだった時と苦しかった時、どちらが多かったかなって玉入れの結果発表みたいに数えたら、どっちも同じくらいなのかしらん。

私はできるなら、できるだけ苦しみたくない。
なんていうか、苦しみも、楽しみたい。

できるだけ苦しいことも苦しいと感じない楽しさで自分を包んで生きていたい。


でも、それでも自分の今の力量じゃとてもカバーできない苦しさもあったりして(この道みたいに)、でもそれがあるからこそまた修行しようって思えたりもするんだろな。

友達のやまぴさんが名古屋の駅前アルプス(登山用品店)に巡礼用の靴を買いに行ったら「あなたはこれよ!」って差し出された靴の名前が「マゾヒスト」だった話でほんとにいつでも思い出して笑えるくらい大爆笑したんだけど、たぶん、根本的にそうなんですかね。歩きたいと思う人たちってね。

好きで苦しいことを選んでるわけじゃない。でも、楽しいことばっかりでずーっと平行線で生きてくっていうことが、できないんでしょうね。

もがき苦しんでもやめられないんでしょうね。好きだから(笑)


ほんと、不思議な道だ。

忍耐が、芯の強さが、磨かれる道なのだと思う。雨、嵐、暑さ、苦しさ、こんなに大変だからこそ、その中にあってもキラリと光る自分の長所に出会えたりもするし。

この先もこの道を不思議な道にしていくのは、この道に意味を見出すのは、私自身の心と身体だ。

私は信じたいものを信じる。自分で決めたことを。
うん。

そんな感じです。どんな感じだ?笑


今日は、ハビエルというとても優しげなお兄さんがやっている小さな街の小さなアルベルゲに泊まっています。


あのカボレドンドのアルベルゲに泊まった日から、名前を覚えて声を掛け合う気持ちのいい友達も少しずつ増えて、そんな人の優しさを救いに歩いています。

歩いてる間はほとんど誰にもすれ違わないから心細いけど、みんながんばってんだ、と思うと、なんだか心のどこかが充電される。

しょーない、明日も歩くかぁ〜。
そんな気持ちになります。

明日は美しい景色に出会えるのかしら。
それじゃ、おやすみ!

 

 

続きはこちら。

【巡礼18〜19日目】自分にとって必要なものだけに、焦点を合わせてこんばんは!たまゆりです。 今日のアルベルゲのオスピタレロさんは、ちょっと呑んだくれで危なそうなニオイがします(笑)声がめっちゃで...

 

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POSTED COMMENT

  1. やまぴ より:

    苦しい道にもやっぱり意味があるんですねぇ。
    苦しいときも楽しみたいって気持ちわかります。
    なかなか大変そうな北の道ですが、がんばってるのがよくわかります。これから先も気をつけて!

    マゾヒストって靴すすめられたぼくはきっと苦難を楽しめっていう意味だったんだろうな(笑)

  2. 匿名 より:

    リアルタイムのスペイン巡礼日記、楽しみにしてます。
    私は荷物転送サービスを利用してたから偉そうに言えないけど、歩けて時間がある人は、バス、電車使わず歩くのがいいと思いました。絶対、後で後悔しちゃうと思ったんです。歩ききったからの達成感、自分への信頼感。道には何かがあるんでしょうね。一歩一歩。頑張ってください。マゾヒストって靴の名前、ウケます。

  3. 本多 より:

    6月の信州の空気を浴びながらたまゆりさんのブログを読んでいると、北の道の記憶が蘇って体が疼くよ。歩きたくなるなあ。ただし、再び北の道を歩くとしたら、素手で犬を殺害できる能力を身に付けてから。常に「犬殺してえ」と思いながら歩いてたわ。やっぱり今もまだうるさいし糞が汚いんだね。

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